今では40代となってしまった華原朋美さんですが、10代から20代にかけては可愛らしいルックスと抜群のスタイルで、世の男性たちを虜にしていました。
抜群のスタイルを維持していた秘訣は、3歳のころからやっていた乗馬にあると言われています。
それでは、華原朋美さんの10代から20代までの画像を改名の歴史と共に振り返っていきましょう。
目次
華原朋美の昔の若い頃(幼少期~学生時代)
こちらは、華原朋美さんのインスタグラムに投稿された画像ですが、3歳の時のものになります。
クイズに出題されても全く分からないほどに、この頃は面影が無くがなくハーフっぽい感じがします。
この時は、母親に作ってもらった帽子と洋服で近所の公園にお出かけした時のショットです。
姉妹かと思ったら、椅子に座っているのは弟さんですね。
華原朋美さんの兄妹は4人で、兄二人の弟一人で女性は朋ちゃんだけです。
実家は金持ちですが、この写真を見ただけでも裕福なのが分かります。
こちらは、小学生時代になります。
衣装から察するに、演劇の役でこのような格好をしているものと思われます。
この頃から朋ちゃんスマイルが出来上がっていました。それにしてもすごい豪邸です。
こちらは、中学時代の卒業文集での写真と言われています。
三つ編みにしますと地味な感じになりますが、華原朋美さんですとかわいらしくなります。
こちらが、華原朋美さんの高校時代の画像です。ここまでくると、グッと色っぽくなりますね。
華原朋美さんは、中高一貫で松蔭高校に通っていましたが、高校時代からカラオケ好きで毎日カラオケに興じていたとの事です。
華原朋美の昔の若い頃(改名の歴史)
華原朋美さんは、現在の芸名に落ち着くまでに、かなり芸名を変えてきた歴史があります。
「河合美保」「渡辺夏代」「三浦彩香」「三浦彩美」「吉田美恵子」「遠峯ありさ」「華原朋美」
改名する芸能人は多いですが、ここまで名前を変える人も非常に珍しいです。
三浦彩香時代には、年齢差称してクビになった過去もあったといいます。
グラビアをやっていた”三浦彩香”時代は「歳をごまかしてクビになった」と言い、「4つぐらいサバ読んで、19くらいの時に15…。顔が幼いからそれでいいって言われて」と年齢を偽っていたことを明かした。
引用元:マイナビニュース
それでは、改名の歴史とともに当時を振り返ってみましょう。
河合美保
経歴を見ますと、何故かS大の2年生になっています。華原朋美さんは高校を卒業後に美容の専門学校に行っているので、大学に入ってないはずなのですが・・・。
インタビューでは「わたしってちょっとHかも」と衝撃発言しています。
昔の若い頃は結構過激な発言をしていたようです。
渡辺夏代
こちらも希少な渡辺夏代時代です。
この頃は「サンマのなんでもダービー」というバラエティー番組で、アシスタントとして活躍していました。
アシスタントでありながら存在感があり、番組内でも人気者となっていました。
ちなみにこの時は、アナウンサーを目指していると答えています。
三浦彩香
この時は高校2年生の17歳で、まだあどけなさが残っています。
残念ながら三浦彩美と吉田美恵子時代の画像はありませんでした。きっとかなり短命に終わったのでしょう。
華原朋美の昔の若い頃(遠峯ありさ時代)
華原朋美さんは高校を卒業し、19歳の時には遠峯ありさ(とおみね・ありさ)名義で芸能活動していました。
昔の若い頃は、オーディションをかなり受けていましたが中々受かりませんでした。
「とんねるずのみなさんのおかげです」の近未来警察072のオーディションでは、松嶋菜々子に最終選考で負けましたが、これは落ちて正解でしたね。
とんねるずのみなさんのおかげですのオーディションを運よく落ちた当時の遠峯ありささんですが、その直後に今田耕司さんと東野幸治さんが司会を務める「天使のU・B・U・G」に出演します。
番組内では、その明るいキャラを前面に出して、大勢いるアイドルの中でも、ひときわ目立つ存在となりました。
この番組を見ていた小室哲哉さんが、遠峯ありささんを見初めて交際がスタートしました。
華原朋美の昔の若い頃(華原朋美時代)
バラエティー番組で人気が出ていたものの、当時は女優を目指していた遠峯ありささん。
その後は、ご存じのように歌手として芸能界を席巻していきました。
売れないグラビアアイドルから、一転ミリオンセールスを連発する人気歌手へと変貌していきました。
また、雑誌ジュノンが特集している「なりたい顔ランキング」でも堂々の1位に選ばれており、ルックスの良さも相まってテレビや雑誌でも引っ張りだことなりました。
桃の天然水のCMも話題に
華原朋美さんが出演していた「桃の天然水」が話題となり、CM内で発言していたヒューヒューも流行語になりました。
桃の天然水も華原朋美効果で、爆発的に売れました。
しかしネット上では、桃の天然水のCMに出演すると不幸になるという定説があり、その定説通りか当時恋人だった小室哲哉さんとは破局を迎えてしまいました。
まとめ
華原朋美さんの昔の若い頃の画像を改名の歴史と共に振り返ってみました。
幼いころから見てきましたが、芸能人によくありがちな整形などもせずに美をキープしてこられました。
十代のころは、改名に次ぐ改名で主体性がありませんでしたが、華原朋美になってからは一気にブレイクしました。
小室哲哉さんと破局してからは、浮き沈みの激しい人生となりましたが、歌手として成功できたのは小室さんのおかげですので、今では感謝していることでしょう。