野猿メンバーがうたばんとみなおかに出演!現在の荒井千佳(CA)や平山晃哉たちはどうしているのか?

フジテレビの人気バラエティー番組だった「とんねるずのみなさんのおかげでした」通称みなおかで誕生した音楽ユニット野猿が一夜限りの大復活を遂げました。

知らない方が多いかもしれませんが、野猿はフジテレビで裏方として働く人たちを集めて作った、言わば素人集団です。

この時は、とんねるずも全盛期でみなおかもバリバリ視聴率が良かった時代で、恐らく何をやってもウケる時代でした。

また、この時は番組内で音楽ユニットを作って売り出すというのが流行っている時でもありました。ウッチャンナンチャンのポケットビスケッツやブラックビスケッツ等々。

野猿もこの時の時代に乗り、素人ながらもしっかりとオーディションを行い、リードボーカルとバックダンサーで振り分けていたのをよく覚えています。

それでは、野猿について詳しく解説していきます。

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野猿が売れたのには根拠があった

当時のとんねるず人気は凄まじく、テレビ局各局で番組を持つほど若者のカリスマ的な影響力を持っていました。

石橋貴明さんが、テレビ番組中にでインスタントカメラを持ち込んで写真撮影をすれば、インスタントカメラがバカ売れしたり、新ギャグを披露知れば子供達が真似したりと、飛ぶ鳥を落とす勢いだったのです。

そんな時代に生まれたのが、野猿だったのです。

ネーミングには諸説ありますが、石橋貴明さんがラ○ホテルの「ホテル野猿」から取ったという説や、当時人気だった野人から木梨憲武さんが、思いつきで野猿と命名した等様々あります。

いずれにせよ、とんねるず以外はずぶの素人集団から始まった野猿は、厳しいダンスレッスンやボーカルレッスンなどを経て、デビューまでこぎつけます。

デビュー曲からヒット!

野猿のデビュー曲「Get down」は新人歌手としては異例のオリコンチャート10位を記録します。その後もヒットを飛ばし、一時音楽界を席巻するまでに至ります。

ここまで売れた背景には、新曲を出す前からみなおかで新曲のプロモーション活動を行ったり、野猿の活動自体がみなおかでの企画の一つとなっていた為、良い宣伝になっていたと思われます。

それにとんねるずと長年の付き合いがある音楽界の重鎮、秋元康さんと後藤次利さんというゴールデンコンビが付いているのでヒットしたのは当然の結果だったのかもしれません。ちなみにダンスの振り付けも音楽ユニットTRFのダンサーでもあり、人気振付師でもあるSAMさんが担当していました。

売れっ子の音楽ユニットとなった野猿ですが、安泰ではなくファン投票で最下位の者は脱退や、解散危機だったときは全員が丸坊主になったりと紆余曲折がありました。

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ネットでの反応

こちらが、野猿が結成されるきっかけとなった映像です。KinKiKidsのバックダンサーとして野猿がまだ結成される以前の貴重な映像です。

こちらは野猿で女性ボーカリストとして活躍された荒井千佳さんです。当時を振り返りなぜ私がボーカルをやらなければいけなかったのか等、せきだらに語っています。

当時のファンがサインをもらったみたいですね。解散した時はかなりのショックだったに違いありません。しかし、歌はいつまででも残りますので、野猿のカラオケなどでも歌って盛り上がって下さい。

おお!野猿チップスなる物が発売されていたのですね。初めて知りました。当時どれだけ人気があったのかが分かる証拠です。その名も激辛の高久味。高久といえば、番組内でトラブルばかり起こしていたトラブルメーカーでした。それでも野猿メンバーでは欠かせない存在だったのですね。

当時の野猿人気にあやかり、CMにも起用されていたみたいですね。やはりメインはとんねるずのようですが、とんねるずがいなければ野猿のメンバーは一生CMに出演する事も無かったでしょう。

野猿メンバーの現在を追跡

野猿解散後は、元の裏方さんに戻ったようです。一時の淡い夢を見させてもらったでしょうね。それでは気になる野猿解散後のメンバーの行く末を見てみましょう。

リードボーカル 平山晃哉(テルリン)

ドレッドパーマとサングラスがトレードマークだった平山晃哉さん。野猿時代はプロ顔負けの歌唱力で、野猿のシンボル的な存在でした。そんな平山晃哉さんは野猿解散後、一時期同じくリードボーカルだった神波憲人さんとWill callというデュオを組みましたが、僅か1曲で自然消滅となってしまいました。

その後は、音楽活動は全くやっておらず、当時から働いていたナカムラ綜美所属のアクリル装飾として現在でも働いているようです。

プライベートな情報は、ほとんどなく恐らく結婚して子供もいるのではないかという事です。

リードボーカル 神波憲人(カンちゃん)

162㎝と上背は無いものの抜群のルックスで、女性ファンが多かった神波憲人さん。野猿解散後は、平山晃哉さんとデュオを組んだ後、こちらも音楽活動はしていないようです。

野猿当時は衣装担当だった神波憲人さんは、フリーランスのスタイリスト兼ファッションデザイナーだそうです。やはり歌手として生きるよりもファッション界の方が性に合っているのかもしれません。

女性リードボーカル 荒井千佳(CA)

野猿当時は、ニューテレス所属で音声だった荒井千佳(CA)さん。音声さんとは思えない美貌の持ち主で、当時は男性ファンも多かったです。

そんな荒井千佳さんは現在、ナインティナインの元マネージャー(吉本興業社員)と結婚され2児の母となっているようです。

野猿としては、荒井千佳さんがリードボーカルを務めたFirst impressionという曲が最も売れた曲となっているのです。野猿にかなり貢献したにも拘らず、ギャラをもらおうとせず代わりにラジカセを貰ったという当時の面白エピソードも聞かせてもらいました。

現在では家庭を持ち、幸せな暮らしをしているのではないでしょうか。CAと呼ばれていた時代が懐かしいですね。

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その他の野猿メンバー

成井一浩(ナルナル)

イケメンのルックスとは裏腹に非常に奥手な性格で、27歳まで彼女が出来なかったという逸話をお持ちです。

野猿の初期の頃はボーカルでしたが、歌唱力はいまひとつでした。

東宝舞台所属で大道具の担当です。情報は出てきませんでしたが、現在でも独身の可能性が高いです。

飯塚生臣(ジェリー)

野猿では、バックダンサーを務めていましたが、ダンスの腕前は野猿の中ではピカイチでした。

ジェリーというニックネームは、ただ単にジェリー藤尾に似ているからだという理由で付けられたそうです。

野猿解散後に事故にあい、一命は取り留めたものの記憶喪失になってしまったようです。その為、野猿として活動していた記憶を失い当時の活動は全く覚えていないと言います。

しかし、野猿メンバーが久々に集いダンスを踊っていた時に、僅かに記憶を取り戻したと語っています。

東京特殊効果所属で、特殊効果を担当しております。

大原隆(バカ)

野猿メンバーの中では最年少でありながら、ダンスは高評価でした。しかしニックネームは「バカ」という事でそのままのキャラのようです。

成井一浩さんと同じく、東宝舞台所属で大道具の担当です。

網野高久(シュウ)

野猿総選挙で落とされ、あえなく野猿メンバーから脱退されました。しかし、入れ替えしたメンバーの脱退に伴い、見事に復帰されています。

ニックネームの由来は、中華の鉄人の周富徳さんに似ている事が由来しています。

京阪商会所属で、持道具担当を担当しております。

星野教昭(ホッシー)

野猿メンバー内ではあまり目立たない存在でしたが、本人曰く若い頃は相当なワル(ヤンキー)だったといいます。地元の鴨川では「シャチより有名」との事です。

特技は扇風機の羽根を舌で止める事だそうです。

有限会社ホッシー代表で、ロケ車両ドライバー担当です。

半田一道(ゴテ)

性格的には大人しい性格でしたが、野猿メンバーと行動を共にするようになったから徐々に明るくなっていったそうです。

丸坊主にしないと解散というミッションに最後まで抵抗しましたが、結局スキンヘッドにされてしまいました。

ダイアカラー所属で、スチールカメラマン担当です。

高久誠司(タカク)

元々酒癖が悪く、番組内でも酒がらみのトラブルを数々起こして、野猿メンバーに度々迷惑をかけていました。

現在では結婚もし、子供も生まれたので少しは落ち着いたのではないでしょうか。

明光セレクト所属で、カメラクレーン担当です。

浅野吉朗(ヨシロウッチ)

現在は放送作家ですが、以前は「とんねるずのオールナイトニッポン」のハガキ職人をやっていました。

野猿では、野猿総選挙において松村匠さんに勝ち、人気投票でも最下位だった網野さんが脱落後、入れ替わりで浅野吉朗さんがメンバー入りを果たします。

ナルシスと発言により女性ファンからクレームが来たこともあるようです。

小林紗貴(Saki)

野猿にいたフロントボーカル4人に加え、フィーチャリングボーカルとして参加していました。

野猿内では、あまり目立つ存在ではありませんでしたが、撤収ツアーでは荒井千佳さんの代理として一部参加しました。

神原孝(カンバラ)

この当時は、フジテレビのディレクターだった神原孝さん。

記念すべき第一回目の人気投票で最下位となってしまい、ファンからは全く人気が無かったことが露呈されてしまう結果となってしまいました。

その為、野猿メンバーからは外されてしまいました。その後はプロデューサーへと出世しています。

太田一矢(ヤン)

こちらの方もフジテレビ所属のディレクターです。第二回目の人気投票で最下位となり、あえなく脱退となりました。

折角、野猿の2回目のシングル「叫び」の振り付けをマスターしたにも拘らず、プロモーションビデオ撮影で海外に行く予定だった成田空港で卒業を言い渡され、空港内で取り残されてしまいました。

現在でもディレクターをされているようです。

まとめ

いかかがったでしょうか?当時大人気だった野猿メンバーも元の仕事に戻ったり、結婚したり、事故にあってしまったりとこれだけ長い年月が経っていると、色々あるようです。

とんねるずのみなさんのおかげでしたも終了してしまっては、野猿の再結成はもうないとファンは諦めてしまっているかもしれませんが、可能性はゼロではないという事を信じているはずです。

しかし、当時のメンバーもいい年になってしまったので、野猿再結成となってもお爺ちゃんおばあちゃんとなってしまいますので、良い思い出として、心の中でしまって置いた方がいいかもしてません。

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