川田利明のプロレスラー時代から現在の居酒屋経営までの軌跡

スポンサードリンク

川田利明という一人のプロレスラーについて語って行きます。

川田利明さんは、闘志をむき出しにしたガチガチのファイトで、全盛期の全日本プロレスを大いに沸かせてくれました。

そんな川田利明さんも現在はセミリタイア(ほぼ引退)し、居酒屋経営の方に力を入れています。

プロレスラー時代から現在の居酒屋経営まで、今までどの様な人生だったのでしょうか?

自分なりの解釈で進めていきます。

中学卒業で新日本プロレスに合格

非常に厳しい事で知られる新日本プロレスの入門テスト。一人の合格者が出ない事もざらです。

そんな中、川田利明さんは中学卒業時点で入門テストに合格してしまいます。

しかし、親に「高校ぐらい行きなさい」と諭されたのか、レスリングの名門校である足利工業大学附属高等学校に進学します。

そこで、当然の事ながらレスリング部に入り、先輩であった三沢光晴さんと運命的な出会いを果たします。

三沢光晴さんは、当時からレスリングテクニックは卓越しており、高校時代から数々の大会で優勝を収めています。

川田利明さんも負けじと練習に打ち込みレスリングの大会で優勝するなど、実績を積み重ねてきました。

▼三沢光晴さんの詳細記事はこちら▼

三沢光晴のプロレス人生とは?事故前には予兆される出来事が!

2018年12月19日

新日本プロレスに入団していたら

高校は進学せずに、中学卒業と同時にプロレスラーになる人は結構います。

船木誠勝さんや藤波辰爾さんなど。

船木誠勝さんは壮絶で、自宅に来る借金取りを追い払うためにプロレスラーになり強くなっていったというエピソードをお持ちです。

空手出身の中嶋勝彦さんも15歳でプロレスデビューしています。

もし、川田利明さんが新日本プロレスに入団していたらどうなっていたでしょうか?

ファイトスタイルがレスリングより蹴りを主体とした「格闘系」だったので、やはり前田日明さん率いるUWF系に入っていたのではないでしょうか。

しかし、新日本プロレスのゴタゴタに巻き込まれた可能性が高く、まだ全日本プロレスの方が良かったのかもしれません。

スポンサードリンク

全日本プロレスに入団

高校の先輩であった三沢光晴さんの誘いを受けて、全日本プロレスに入団します。

高校時代はレスリングで名を馳せましたが、デビューから205連敗という不名誉な記録を作ってします。

この時、レスリングとプロレスの違いをまざまざと感じたのではないでしょうか。

その後は、海外修行も経て着実にレベルアップを果たし、レスラーとして強くなっていきました。

今は無き冬樹弘道さんとの「フットルース」は名タッグでした。

ピンチこそチャンス

当時の全日本プロレスは、エースのジャンボ鶴田さんと天龍源一郎さんの戦いが激化し、白熱していましたが、天龍源一郎さんが全日本プロレスの選手を大量に引き連れて、別団体のSWSを立ち上げてしまいます。

全日本プロレスは、存続がピンチとなってしまいますが、当時若手だった三沢光晴さんが主体となり超世代軍を結成し、怪物といわれたジャンボ鶴田に対抗すべく立ち上がります。

それに賛同したのが川田利明さんと小橋建太さんと菊池毅さんです。

当時のジャンボ鶴田さんは、モンスター級に強く、手加減しないと相手をこ○してしまう程のパワーを持っていました。

そんな相手に三沢さんや川田さんたちは挑んでいったのです。

全日本プロレスが一番盛り上がっていた時代

怪物ジャンボ鶴田に超世代軍が挑むというような形式で、プロレス中継は今までに無いくらい盛り上がっていました。

その中で川田利明さんは、得意の蹴りを中心にジャンボ鶴田さんに挑みます。

ジャンボ鶴田さん曰く「川田は無精ひげが生えている時は蹴りが重い」と言わしめるほど成長し、試合では相当苦しめる存在になってきました。

しかし結果的には勝つことは難しく、長年エースを張ってきただけある重厚感に押しつぶされ、最後はあえなく負ける事が多かったです。

後に川田さんも「あの人に勝つなんてことは考えられない」といったコメントを出しています。

当時の全日本プロレスは柔道戦のようだった

当時は、はっきりとは明言されていませんでしたが、柔道の試合の様でした。

超世代軍

大将 三沢光晴

副将 川田利明

中堅 小橋建太

先鋒 菊池毅

聖鬼軍

大将 ジャンボ鶴田

副将 田上明

次鋒 渕正信

先鋒 小川良成

このような図式が明確になっており、見ていてハラハラしたのを覚えています。

特に大将戦である三沢光晴さん対ジャンボ鶴田さんの対戦は一気に会場が湧きました。

それにしても今でもよく覚えているのが、先鋒のジュニア戦士だった菊池毅さんの存在です。

いつもジャンボ鶴田さんや田上明さんにボロ雑巾のようにコテンパンにやられ、見ていてイジメに近い状況でした。

その為、現在ではパンチドランカーになってしまったという噂です。

スポンサードリンク

エースなき後の全日本プロレス

全日本プロレスの社長だったジャイアント馬場さんが亡くなり、後を追うようにジャンボ鶴田さんも亡くなってしまいました。

ジャンボ鶴田さんの穴を埋めるように、聖鬼軍に川田利明さんが加入し、強さのバランスを取りました。

その後は、三沢光晴・川田利明・田上明・小橋建太からなる全日四天王が誕生しましす。

更にその後、急成長を遂げていた秋山準が加わり「5強」時代の幕開けとなったのです。

この頃になると川田利明さんもベテランの部類になり、全日本で躍動します。

エースが不在でも選手一人一人が頑張り、修羅場を乗り越えてきました。

またしても事件が!

三沢さんが社長に就任しましたが、馬場元子さんと折り合いが悪くなり、大量の選手を連れてプロレスリングノアを立ち上げます。

全日に残ったのは、川田利明さんと渕正信さんと太陽ケアだけです。

3人しかいなくなった全日ですが、川田さんはライバルであった新日本プロレスに参戦し、当時のエースであった佐々木健介さんに下馬評を覆しての勝利を収めます。

その後も、全日本と新日本の夢のカードが実現し、予てより希望していたライガーVS渕正信さんとの対戦も実現しました。

全日本VS新日本の戦いがきっかけとなり、全日本に武藤敬司さんや小島聡さんなどが加入し、全日本プロレスは一気に息を吹き返しました。

そんな中、川田利明さんは全日本プロレスからフリーとなり新たな道を模索し始めます。

川田利明がブルースリーの衣装!?

目を疑いました。

あの川田利明さんが、リング上でブルースリーのコスプレをして戦っているのです。

寡黙で、王道プロレスを実践してきた川田利明さんが、このような格好で戦っている姿を見たのは衝撃的でした。

全日からフリーとなってハッスルに参戦しましたが、まさかこのような姿になるとは・・・。

どの様な心境の変化があったかは、定かではありませんが、本当はこういったエンターテイメントのプロレスが好きだったのかもしれません。

ハッスルでも川田利明は強かった

リング上で、お笑い芸人を交えたギャグなども披露し、全日時代とはかけ離れたパフォーマンスを見せます。

しかし、プロレスラーのゼウスにガチンコ勝負を挑まれた際「お笑い無しで戦う」と宣言し、見事にゼウスからピンホールを奪っています。

数々の修羅場をくぐりぬけてきた川田利明は、新進気鋭の若手でも手加減する事無く、プロレスの厳しさを教えます。

何といっても川田利明とゼウスでは、今まで戦ってきた場数が違いすぎます。

スポンサードリンク

三沢光晴の存在

長年のレスラー生活で体の方は、かなりのダメージを負ってしまいました。

日常生活に支障をきたすほど、ボロボロの状態ではないでしょうか?

年齢もいい歳になってきたため、セミリタイア状態となります。

しかし、セミリタイアの一番の原因は三沢光晴さんの訃報が大きいと語っています。

三沢さんという大きな存在が無くなり、目標が無くなってしまったのかもしれません。

プロレスでも最後は勝つことは出来ませんでしたし、トータルでも勝率は圧倒的に三沢さんの方が上回っています。

大きい壁だからこそ超えたかった存在だったに違いありません。

引退は宣言しない

これも川田さんらしい発言ですが、一度引退するといって復帰してくるレスラーが沢山いるといいます。

本人はそれはしたくないそうで、あえて「引退」という烙印は押さないそうです。

そうすれば、復帰したとしても誰にも文句は言われません。

プロボクサーでもフィギュアスケーターでも引退後に復帰する人は沢山いますし、歌手でも解散後に再結成するグループは後を絶ちません。

復帰するのは本人の自由ですが、一度決めたものを覆しているようで一貫性が無いと感じる人もいます。

第二の人生は居酒屋経営

料理経験は意外と長く、高校の合宿所時代から料理はしていたといいます。

全日本プロレスの若手時代も、ちゃんこ鍋などを作っていたので料理は慣れているはずです。

居酒屋を開業するには本格的な修行が必要とあって、中華料理屋さんで半年間修業し、お店を開業しました。

その名も自身のリングネームをもじって「麺ジャラスK」です。一回聞いたら忘れない程のインパクトです。

ラーメンも出していますが、ラーメン屋ではなく、あくまで居酒屋という事です。

自慢料理は唐揚げで、キムチ以外は全て手作りの為、午後の休憩時間も休みが無く働きづめの毎日だそうです。

それでも、お客さんと直に触れあえるとあって毎日が楽しそうで何よりです。

プロレスラー時代は、全く笑わず怖いイメージでしたが、プロレスをセミリタイアした現在は、表情も明るくいつも笑顔の印象へと変わっていきました。

船木誠勝さんも語っていましたが、リング上は「しぬかもしれない」という恐怖心もあり、必然的に怖い顔になってしまうのかもしれません。

スポンサードリンク

タレントとしても活動

居酒屋を営んでいますが、タレントとしても活動しています。

タレントとしては、お笑い芸人を多く抱える大田プロに所属し、たまにバラエティーでも見かけることがあります。

番組内で、お店自慢の唐揚げをとんねるずの二人に試食してもらったところ、二人して「味は普通」と答えていました。

未だに影響力があるお二人の発言だけに、お店の売り上げに影響しなければいいのですが・・・。

その後に自分で唐揚げを食べて「美味しい」と発言していました。

川田利明さんは入れ歯?

川田利明さんの現在は50歳も過ぎて、やはり歳をとったなという印象です。

現役時代は激戦からか、上の前歯が無く実況アナウンサーから「ガメラ」と呼ばれていました。

現在は歯があるので、間違いなく入れ歯を付けているのでしょう。

それにしても当時の全日本の戦いはすさまじく、小橋建太や田上明、三沢光晴などは全員歯はボロボロだったはずです。

田上明さんも試合中に三沢光晴さんのエルボーを食らい、口から白いものが飛んだと思ったら試合後に「また差し歯が飛んだよ」とため息を漏らしていました。

現在は激やせ

現役時代から20キロ以上やせてしまった川田利明さん。

見るからに首回りがほっそりしています。

年齢もありますが、この激やせしてしまった状態ではリング復帰というのは難しいはずです。

いくら気持ちがあっても体が言う事を聞きません。

ジャイアント馬場さんがやっていた前座の面白プロレスなら復帰しても支障はないのですが、絶対にやらないでしょう。

襟足の秘密

川田利明さんは現役時代ずっと襟足を伸ばしていました。

その謎については未だに語っていませんが酒を飲んで酔っ払ってしまったら話してしまうかもという事です。

ひょっとすると一生語らないかもしれません。

川田利明グッズ

川田利明ファンの為に関連グッズをご紹介致します。

胸を熱くしたあの感動が今よみがえります。

川田利明フィギュア

川田利明さんだけではなく、全日本プロレスを沸かせた名レスラーたちのフィギュアコレクションです。

このフィギュアを見ているだけで、あの熱い戦いを思い出させます。

部屋に飾ってインテリアとしても使えますし、眺めているだけでも楽しいです。

実は三沢光晴さんは、大のフィギュア好きで大量にフィギュアをコレクションしていたというのは有名です。

プロレスリングノアDVD

プロレスリングノアのDVDボックスですが、川田利明さんも出場しています。

YouTubeでは見られない数々の名勝負が、クリアビジョンで見られます。

三沢光晴DVD

こちらもプロレスリングノア大会での戦いを収めたDVDボックスですが、川田利明さんも出場しています。

今では見ることが出来ない激熱の戦いをご堪能ください。

全日本プロレステーマ曲集

こちらは超貴重な「全日本プロレス25周年記念のテーマヒストリーCD」です。

オープニングから日本テレビのスポーツテーマ曲が収録されており、あの当時を思い出させます。

もちろん川田利明さんのテーマ曲「ラストバトル」も収録されています。

天龍源一郎引退記念DVD

こちらは、ミスタープロレス天龍源一郎さんの引退記念で作られたDVDボックスです。

今では決して見る事のできない天龍源一郎VS川田利明の戦いなど盛りだくさんの内容となっています。

小橋建太特集DVD①

こちらも小橋建太さんが主体となっているDVDですが、川田利明さんとの激闘も収められています。

メインを張るようになった両者の戦いの結末はいかに!

闘魂三銃士×全日四天王DVD

こちらは、新日本プロレスの闘魂三銃士(武藤敬司・橋本真也・蝶野正洋)と、全日四天王(三沢光晴・川田利明・小橋建太・田上明)の試合が収められています。

この時代に両者が交わることはありませんでしたが、それぞれの団体で激熱の戦いを繰り広げていました。必見のDVDボックスです。

三沢光晴・手記本

今は無き三沢光晴さんの手記をまとめた本です。

内容は確認していませんが、川田利明さんの事も書かれているかもしれません。

小橋建太特集DVD②

こちらも、小橋建太さんのプロレスDVDボックスですが川田利明さんとの戦いも収められています。

昔懐かしい全日時代からノアでの戦いまで収録されています。プロレスファンなら手に入れたい一品です。

まとめ

現在は奥さんと二人三脚でお店を切り盛りし、忙しいながらもお客さんと共に楽しく生活できているようです。

現役時代のあの有志はもう見ることは出来ませんが、これからは居酒屋の厨房がリングとなって日々食材と格闘していく事でしょう。

かえって現在の居酒屋経営の方が現役時代よりもハードワークなのかもしれません。

三沢光晴のプロレス人生とは?事故前には予兆される出来事が!

2018年12月19日
スポンサードリンク