大家仁志が死去!死因の病名は大腸がん!顔画像や妻(嫁)と子供などを調査

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俳優の大家仁志さん(53)が、2月19日に東京都内の病院で亡くなりました。

死因は大腸がんで、治療と俳優活動を並行しながらの生活でした。

今年の春にも舞台の仕事が決まっていたという大家仁志さんですが、この度は残念な結果となってしまいました。

去年から体調がすぐれなかったとの事ですが、治療している過程で癌が見つかり通院していました。

治療の甲斐も無く帰らぬ人となってしまいました。それでは、大家仁志のこれまでの歩みを見てみましょう。

大家仁志さんのプロフィール

本名 大家仁志(おおや・ひとし)
生年月日 1964年3月20日(53)
出生地 長野県松本市
最終学歴 学習院大学文学部ドイツ文学科中退
身長 172cm
職業 俳優・ナレーター・声優
所属 劇団青年座

学習院大学を中退後、かねてより憧れであった役者の道に進むべく、青年座研究所に入所します。

そこで、しっかりと演技の勉強をして1990年には劇団青年座に入団を果たします。

その後は、人気俳優となりテレビドラマでは、はぐれ刑事純情派やサラリーマン金太郎などの人気ドラマに抜擢され、一躍人気俳優の仲間入りを果たします。

映画でも釣りバカ日誌やゴジラvsキングギドラといった日本を代表する映画出演をしたり、アニメの声優やナレーターとしても活躍しました。

本業の舞台でも数々の役柄を演じ切り、名脇役としての地位を確立していきました。

死因は大腸がんだった

俳優として多忙な毎日がたたってしまったのか、昨年の5月ごろから体調を崩してしまいます。

今までは、病気や怪我などはほとんどない健康的なイメージだった大家仁志さんですが、突如として病魔が襲います。

病院での検査の結果、大腸がんである事が判明したのです。

医師の承諾を得て、俳優業には支障がないという事で大腸がんの治療を続けながら、俳優業もそのまま続ける事となったのです。

昨年は、体調面では不安がありましたが何とか乗り切り、今年も舞台「アスファルトキス」に出演し、見事に演じ切りました。

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2月に入り容体が一変する

1月の舞台も何とか乗り越え、今年の秋の舞台出演「ヘンリー五世」も決まっていたという大家仁志さんですが、2月ごろから急遽体調に変化が訪れます。

1月までは、病院での治療の甲斐もあって体も動かせていましたが、2月に入ってからは思うように体が動かせなくなってしまったようです。

俳優業と治療を両立して、周囲には体調が悪い様子をほとんど見せずに頑張ってきましたが、限界が訪れてしまいました。

大腸がんという大病を患いながらも、最後まで役者として活動て来た大家仁志さんは、2月に入りいよいよ体が動かなくなってしまい、都内の病院で19日に亡くなってしまいました。

大家仁志さんの妻や子供は?

大家仁志さんの家族に関する情報は、ありませんでした。

葬儀の喪主も、大家仁志さんの姉の大家睦子さんが務めるという事なので、生涯独身だったのかもしれませんし、過去に離婚歴があるのかもしれません。

しかし最後は独身であった可能性が高いです。

もし独身であったのならば、俳優業を心から愛し俳優一筋で生涯を終えた事になります。

大家仁志さんの生前のお姿

50代とは思えないダンディーなお顔立ちとイケメンボイスに心が惹かれそうです。

この渋い声に女性であればメロメロになってしまうのではないでしょうか。

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ネットでの反応

ネット上からも悲しみの声が上がっています。やはり舞台俳優としての印象が強く、もうあの力強いセリフが聞かれなくなるのは寂しいといったコメントが多数寄せられていました。

1月の舞台を見に行ったお客さんの中には、大家仁志さんが以前に比べかなり痩せていたので心配していたという話も聞かれました。

2月に入って容体が急変したようですが、やはり今年に入ってからもかなり体の方はしんどかったのではないでしょうか。

まとめ

ご自身が病気を患っていても、最後までそのそぶりも見せずに最後まで役者として生きた大家仁志さんに感無量です。

俳優のみならずナレーターや声優業もこなし、マルチな才能を見せた大家仁志さんですが、まだ53歳という若さでの死が残念でなりません。

生涯独身だった可能性が高く、寂しい晩年となっていたかもしれないが、好きな役者が出来て満足だったかもしれませんね。

ご冥福をお祈り申し上げます。