豊竹始太夫が死去!死因や病名は心筋梗塞!妻(嫁)や子供を調査

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今月の2月10日に人形浄瑠璃文楽座の太夫を務める豊竹始太夫さんが心筋梗塞により他界されました。

豊竹始太夫さんといえば、1990年に国立劇場文楽において14期目の研修生となりました。

その後の1992年には、豊竹嶋太夫に入門し「豊竹始太夫」という名前を頂きました。厳しい稽古と修行を積み、その年の6月には国立文楽劇場において初舞台を踏むという快挙を得ました。

豊竹始太夫さんの詳しいプロフィールを見てみましょう。

豊竹始太夫さんのプロフィール

本名 高橋尚人(たかはし・なおと)
芸名 豊竹始太夫(とよたけ・はじめだゆう)
生年月日 1967年9月6日(50)
出身地 大阪府

2月10日の午後6時頃、新宿区内の病院で心筋梗塞により亡くなられたそうです。豊竹始太夫さんの詳しいプロフィールは分かっておらず、結婚し妻や子供がいたかなどのプライベートな情報は掴めませんでした。

そこで今回、豊竹始太夫さんの死因ともなった心筋梗塞の病気の詳細を見てみましょう。

心筋梗塞の恐ろしさ

加齢などにより動脈硬化が進行し、冠動脈にできたプラークが破裂する事によって冠動脈を塞ぎ、心筋に血液が供給されなくなってしまう為、壊死してしまった状態を心筋梗塞と言うそうです。

心筋梗塞を起こしてしまう原因は、やはり生活習慣というのが大きく影響し、喫煙や飲酒はもちろんの事、脂物や塩分の多い食事や普段の運動不足、ストレスなどが影響するようです。

正に現代病ともいうべき病ですが、豊竹始太夫さんはまだ50歳という若さだっただけに悔やまれますが、こちらの項目に当てはまっていたのかは不明となっています。

もしも、普段から飲酒や喫煙といった趣向品を毎日の日課としている方は注意が必要です。

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馴染みのない文楽とは?

私がまだ中学生だった頃、部活動に文楽人形のクラブがありました。

これは全国的にも非常に珍しい部活だと思うのですが、部員も5名ほどしかいなかったので、興味本位で入部しているメンバーがほとんどでした。

文楽とは、人形を裏で操り時代劇の様な劇をするのが昔からの伝統芸能となっております。

文楽人形部の生徒は、人形劇の練習をして地元の各老人ホームなどに出向いて人形劇を披露していました。

一度だけ、学園祭でプロの人形浄瑠璃文楽関係の方が中学校にお見えになって人形劇を披露したのをよく覚えています。

中学のクラブ活動でやっている人形劇とは、まるで違う本物の芸に驚きは隠せませんでした。

一つ印象深かったのは、文楽人形の劇が終わり、プロの人形浄瑠璃文楽関係者の方の質問コーナーが開催されたのですが、文楽人形の値段を尋ねたところ、人形は一体数十万もしてしまうそうです。

その後、人形劇を披露した中学生にプロの方がアドバイスしていましたが、人形劇をしている時はもう少し表情を作れと言われていました。

指先ばかりに集中するのではなく、顔の表情も大事なのだなと実感いたしました。さすがにプロは、そこまで気にしながら演技をしているのだなと感心致しました。

まとめ

中学を卒業以来、文楽人形の劇を見る機会はありませんでしたが、たまにはこのような伝統芸能に触れるのもいいかもしれません。

日本には、文楽人形の劇を始め、歌舞伎や狂言など素晴らしい伝統が今でも残っているのですから。

若い方ですと新しいものに目が向きがちですが、たまにはこのような伝統芸能に触れてみるのもいいかもしれません。

長年、人形浄瑠璃文楽座の太夫をお勤めになられた豊竹始太夫さんのご冥福をお祈り申し上げます。