上月左知子死去!死因の心不全や顔画像 家族や子供や生い立ちを調査

スポンサードリンク

1月24日に宝塚出身の女優上月左知子さん(87)が、心不全でお亡くなりになりました。

葬儀は近親者のみで執り行い、喪主は上月左知子さんの長男小池健郎さんが務めて既に済ませてあります。その後、関係者やファンの為のお別れ会を執り行う予定です。

お亡くなりになる直前まで女優として活動していた上月左知子さんは、生涯女優として生きた訳ですが、彼女の人生はどの様な物だったのでしょうか?

上月左知子さんのプロフィール

本名 小池みき子
生年月日 1930年10月9日
最終学歴 兵庫県立第三高等女学校
職業 女優

上月左知子さんの女優人生は、宝塚から始まります。上月あきらの芸名で入団し、初舞台から直ぐに頭角を現し宝塚の中でもトップクラスの成績を収めました。

実力派女優として、役をこなしますが惜しまれつつも1957年に宝塚を退団してしまいます。

宝塚退団後は、その演技力を買われて多くのテレビドラマや舞台、映画にも出演しました。

身近なところでは、テレビドラマのミラーマンや流星人間ゾーンやウルトラマンにも出演しております。また、刑事物のドラマにも数多く出演され、太陽にほえろ!やGメン’75や特捜最前線などの人気刑事ドラマに出演されております。

80歳を超えても、その年代に合わせた役柄を演じ切り、生涯女優として活躍した事になります。

プライベートは波乱万丈

上月左知子さんは、その優し気な人柄からか母親役も数多く演じる事がありましたが、自身のプライベートでは3回の結婚と3回の離婚を経験しております。

最初の結婚は、宝塚退団後に川俣公明さんと結婚しましたが、1年程で離婚してしまいます。

2回目の結婚は映画で相手役だった俳優の南原宏治さんと結婚し、二男一女の子供を授かりますが、またしても離婚してしまいます。

3回目の結婚は、同じ劇団に所属していた俳優の山口嘉三さんと再婚しましたが、やはりまた離婚してしまったようです。

過去を振り返ってみると上月左知子さんの結婚相手は「名うてのプレイボーイ」が多く、結婚しても浮気癖が直らない方を選んでしまうようです。ただでさえハンサムで芸能人という事もあり、黙っていても女性の方から言い寄られてしまうのかもしれませんが、結局は浮気が原因で別れてしまったという理由があるようです。

晩年は独りで都内のマンションで暮らしていたという上月左知子さん。しかし、南原宏治さんとの間にもうけたお子さん3人は立派に成長します。

スポンサードリンク

上月左知子さんの子供とは?

上月左知子さんのプライベートは波乱万丈でしたが、お子さんの方は立派に育っております。

まず、長男の南原健朗さんは俳優兼モデルとして活動し、お母様同様テレビドラマや映画やVシネマにも出演される人気俳優です。

次男の山口正朗さんは、俳優として活動していましたが早い段階で俳優の方は引退されております。戦隊物の「超獣戦隊ライブマン」が印象的でした。

長女の芸名嘉月絵理さん(本名小池絵理さん)はお母様と同じく宝塚歌劇団に入り活動しましたが退団され、ダンスのインストラクターなどを経て、また女優として舞台に上がっているそうです。

両親共に俳優さんだったので、その血を受け継ぎ立派に活躍しておられます。

最近多い心不全とは?

先日も政治家の野中広務さんがお亡くなりになりましたが、病名はやはり心不全でした。

心不全というのは、何らかの原因で心臓のポンプ機能が弱まり、血液を十分に送り出せなくなってしまう状態です。

野中広務さんも上月左知子さんもご高齢であるが故、心臓機能が低下して血液をうまく送れなくなってしまったのかもしれません。これは、高齢者に多い症状と言えます。

娘さんの話では、

「朝電話しても出ないので家まで行ってみたら、亡くなっていました。前日まで元気だったんですが…。でもピンピンコロリが理想だったので良かったのではないかと思います」

あまり苦しまずに、天にめされたといった感じで、その点ではまだよかったのかもしれません。

まとめ

また一人、昭和の女優さんが亡くなられてしまいましたが、上月左知子さんの意思を継ぎ、お子さんたちが活躍してくれるでしょう。

上月左知子さんの功績は永遠に語り継がれていきます。

プライベートでは色々あった人生ですが、最後は安らかに息を引き取ったのではないでしょうか。

ご冥福をお祈り申し上げます。