平山相太の怪物の引退理由とは?怪我や結婚 嫁(妻)や子供を調査

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残念なニュースが飛び込んできました。

高校時代は、怪物の異名で名を轟かせたプロサッカー選手の平山相太選手(32)が、この度現役生活にピリオドに打つことになりました。

現役時代は、FC東京で11年間という長い期間在籍し、度重なる怪我に苦しみながらもサッカー選手として活躍してきました。

平山相太選手の詳細を見てみましょう。

平山相太選手のプロフィール

生年月日 1985年6月6日(32歳)
出身地 福岡県北九州市小倉南区
最終学歴 筑波大学中退
身長 190m
体重 85kg
在籍クラブ ベガルタ仙台
ポジション FW

小学2年よりサッカーを始める。当時から体格に恵まれ、抜きんでた素質を見せる。

高校は、地元福岡にある東福岡高校にも関心があったが、当時高校サッカーでは常勝軍団であった小嶺忠敏監督率いる国見高校に進路を決め、中学3年の3学期には国見中学に転校し、その後国見高校へと進学しました。

国見高校時代は、1年から注目を集めてレギュラーを勝ち取り、試合では得点を量産し全国サッカー選手権大会では、大会史上初となる2年連続得点王に輝いている。

これだけの実績があるので、高校卒業後はプロになると思われましたが、Jリーグやヨーロッパのクラブチームからのオファーをことごとく退け、筑波大学へ進学する事となります。

この件に関しては、当時多くの議論を呼ぶ事ととなりましたが、私の記憶では平山相太選手としては、「サッカーが全てではない」と発言していたように思います。

それに、長い将来を見据えた時に、サッカーの引退後の生活や老後に不安があったのかもしれません。平山相太選手は、スポーツだけではなく、頭も非常に良く文武両道を兼ね備えた選手でもありました。

大学を中退しプロの道へ

筑波大学に入学してからは、もちろんサッカー部に入り活躍しましが、やはりそのたぐいまれな能力から、U日本代表の年代別の選手に選ばれることが多くあり、19歳でアテネオリンピックにも選ばれました。

その後は、大学を休学してオランダの名門ヘラクレス・アルメロと3年契約を結び2005年~2006年9月までで8得点を挙げる活躍ぶりでしたが、変更した監督の構想に合わずにあえなく退団という事になりました。この時に休学中であった筑波大学もサッカーに集中する為に退学しております。

その後はFC東京に加入し、フォワードとして躍動しますが、プロでの厳しいレギュラー争いや度重なる怪我の影響で、平山相太選手らしいサッカーというのが、鳴りを潜めてしまいました。

サッカー日本代表としても、活躍が期待されていましたが、代表としては2010年に国際Aマッチ4試合に出場し3得点にとどまっています。

11年在籍したFC東京を去り2017年には、新天地のベガルタ仙台に移籍しましたが、ベンチ入りもままならず怪我の影響もあり、結局2017年は一試合も出場する事無くシーズンを終えています。

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平山相太選手の引退理由

平山相太選手の引退理由はズバリ怪我によるものです。

2011年4月に栃木SCとの練習試合で相手選手と交錯して、右脛骨と腓骨骨折の重傷を負ってしまいました。その後も度重なる怪我に苦しめられ、2017年3月11日の左くるぶし付近の腱の脱臼で手術を受けて、全治3カ月の診断を受けたのが引退を決める決定打となってしまったようです。

年齢的には32歳とまだまだ活躍で来る可能性はありましたが、怪物といえど怪我には勝てなかったようです。

サッカー選手の平均引退年齢が28歳ですので、長かった方かもしれませんが残念です。こうみると、三浦知良選手の50歳でいまだに現役というのが、どれだけ凄い事かよく分かります。

平山相太選手のプライベート

平山相太選手は現在、結婚されてお子さんもいます。

結婚したのが2011年で平山相太選手が26歳の時で、気になるお相手の女性は、神奈川県在住で出版社に勤める一般女性で年齢は、当時23歳だったようです。

馴れ初めとしては、FC東京在籍時にチームメイトの誕生祝で出会い、約3年程の交際期間を経て結婚されたそうです。その女性の画像はありませんが、スレンダーで加藤美央さん似の美女らしいです。

まだ結婚前でしたが、平山相太選手が試合で骨折した際、出版社の会社を辞めてまで介護してくれたのが現在の妻で、彼女のおかげで怪我を乗り越えられたと言います。それが結婚を決めた一番の理由だそうです。

平山相太選手の子供についてですが、いる事は確かなのですが詳細が明らかになっていません。恐らく子供を守るために伏せているのではないかと推測されます。

ネットでの反応

引退を惜しむ声も多いですが、それよりも13年間お疲れ様といった声も多く聞かれました。やはりファンも怪我が多かったので、引退してある意味ホッとしたのかもしれません。

また面白いデータがあり、かつて日本代表にもなった事がある、小倉隆史さんとJ1での成績がほぼ同じだった事が分かりました。

小倉隆史さんもかつては天才と呼ばれた選手ですので、接点はないですが天才と怪物繋がりといったところではないでしょうか。

まとめ

平山相太選手は、個人的にはもっと活躍できた選手だったのではないかと思います。強烈なヘディングシュートや豪快なドリブル突破は今でも忘れられません。

試合中は真剣ですが、性格的にはひょうきんな一面がありチームメイトからも人気があったそうです。

平山相太選手には、その経験と実績を今後の日本サッカー界の発展の為に生かしてもらいたいですね。現在Jリーグでは、続々と引退した選手が監督やコーチとして活躍しております。

監督になるにはライセンスを取得したり、数々の困難がありますが、平山相太選手であれば達成できると思います。